「イングラム、珍しく大遅刻だなって…おいおい、お前さんも隅に置けないねぇ」 「……」 同じ日、訓練開始時間に大幅に遅れてやってきたイングラムにイルムはひゅうと口笛を吹きリンは驚きのあまり言葉を失った。 その傍らには彼の陰に隠れるようにして彼女の姿があったのだ。 「しばらく世話をすることになった。名はという」 「ちゃんか。俺はイルムガルド=カザハラ。イルムでいいぜ、よろしくな」 「私はリン。リン=マオだ」 「、です」 ぎこちなく返したはすぐにイングラムの陰に隠れてしまう。 「人見知りが激しい子とか?」 「例の記憶喪失の少女だ」 イルムとリンが納得して顔を見合わせる。 二人も彼女の酷い扱いには内心かなり怒りを感じていた。 は一応あれから着替えて身なりを整えたのだが、栄養不足とストレスで艶のなくなった髪や痩せた体はまだまだ痛々しい。 「本日の訓練は予定を変更して少し遠出をしようと思うのだが」 だからそんなイングラムの申し出に二人とも大賛成だった。 内心いつもの彼らしからぬ行動に戸惑いながらもの回復のためと思うと反対などできやしない。 そして今、三人はを連れて基地から少し離れた森林地帯にやってきているs。 久しぶりに見る太陽に目が慣れずしばらく木陰にいただったが、次第に日の当たるところに出て来て微かにではあるが頬に笑みを浮かべるようになった。 それでもまだ心細いのか視界にイングラムがいなくなると不安そうに辺りを見回し、姿を見つけると駆け寄ってきてそっとその隣に腰を下ろす。驚くべきことはイングラムがそれを許しているということだ。 周囲には伏せているがという名は彼が付けたものだった。 「名がないと不便だな……そう、がいい。お前の名は今日からだ」 「…。わたしの名前」 それはバルマーの古い言葉で“半身”という意味を持つ。 彼女を抱きしめたときの満たされた感じ。 ロバートに影響されたわけではないが己の半身を本当に見つけ出したかのような充足感。 永遠に自分のそばにいて欲しいと切実に思った。 だから彼女の世話をすると申し出たのだ。 記憶の有無など関係なく。ただ傍らにいてくれさえすればいい。 「…」 「?」 言葉に出すというよりは仕草で自分の感情を表すは首をかしげてイングラムを見た。 「オレがずっとそばにいる…ずっとだ」 嬉しそうには何度も頷いた。 優しい風が吹いて彼女の髪をかきあげていく。 穏やかな日差しの中、微笑むをイングラムは愛しく思っていた。 * * * それから何年もたった。 月の基地が一つ消滅したり、PTXチームが解散したり、SRXチームができたり…たくさんのことが目まぐるしく起こった。 彼女は今、マクロスのブリッジにいる。 そして彼女の“半身”ともいえる存在は彼女の傍らにはいない。 「信じない。そんなはずない」 あの人が人類の敵だなんて。 だって彼はわたしを救ってくれた。 ずっと傍にいてくれた。 《全ての機体の離脱を確認》 (……貴方は今どこにいるの? イングラム) 願いにも似た想い。 もう一度…会いたい。 《…これは。そんな、信じられない》 虚数空間に転移したマクロス。 コピー・ズフィルードを従えて現れたユーゼスと…。 《イングラム教官!!》 「っ!!?」 リュウセイの叫び声には背筋を冷たいものが駆け抜けるのを感じた。 信じたくなかった。 しかし彼がそこにいるというのはもはや疑う余地もない事実。 「…なん、で」 モニターに映る漆黒の機体。 リュウセイやアヤのように念動力の素質などないだったが、確かにそこに彼がいることがわかった。 (そこにいるのね、イングラム。…わたしの、半身) イングラムはのことをよくそう言っていた。 そしてお前がいればきっとオレはオレであれるとも…。 だってそうだった。 記憶なんて戻らなくてかまわなかった。彼のそばにいられさえすればそれで十分だった。 いや、できれば記憶は取り戻したかった。 かつて意図せず聞いてしまった事実。 《が記憶を取り戻したら、機密保持のために死ぬまで軍に身柄を拘束される》 イングラムが無理に思い出さなくてもいいと何度も言っていた理由がそこでようやくわかったのだが、それは裏を返せば“思い出せばずっと軍にいられる”ことを意味する。 (わたしは貴方が思っているほどきれいな人間じゃないの) その証拠に彼女は必死に記憶の糸を探っている。 思い出せば軍に身柄を拘束されるが、イングラムと共にいられるのだから。 そして彼女はここにいる。 結局記憶は失ったままだが、軍の質問に暗に戻りつつあること―――もちろん実際そんなことはない―――を匂わせると呆気ないくらいあっさりマクロスに乗れた。 ていのいい厄介払いができたと思われようがかまわない。 ここにいればイングラムに会えると信じて。 その結果虚数空間などという所まできてしまったがそこでようやくの再会。 二人を隔てる冷たい板が憎たらしい。 自分の身分が恨めしい。 今すぐにでも名を呼んで走っていきたいのに。 今すぐにでも駆け寄ってその腕で抱きしめて欲しいのに。 その間にも戦闘は続行中。リュウセイの必死の説得も虚しくアストラナガンは攻撃の手を緩めない。 そして攻撃の矛先をマクロスに向けた。 《さぁ虚無に帰れ…インフィニティシリンダー…始動!!》 爆発音と共に凄まじい衝撃がマクロスを襲った。 「被弾率は?」 「70%を超えました。このままでは沈みます!!」 モニターいっぱいに映る漆黒の天使。 「…っ」 「!? 戦闘中だぞ? どこへ行く!!」 耐えられなくなってはブリッジを飛び出した。 向かうは格納庫。出撃せずに待機していたヒュッケバインのコックピットに滑り込んだ。 エンジンに火は入っている。各部のチェックをしながらは操縦方法を頭の中でおさらいした。 高度なテクニックはいらない。彼のところにたどり着ければそれでいいのだ。 《! 勝手な行動が許されると思っているのか!?》 通信機のスイッチを入れた途端に知り合いのオペレーターの怒鳴り声がコックピット内に響いた。 「お願い、ハッチを開けて」 対しては一言そう言っただけだった。 《何バカな事をっ、君はパイロットじゃないだろう?》 「基本的な訓練は受けてる」 《それがここで通用すると思っているのか!?》 しばしの沈黙の後、彼女は小さく言った。 「あそこまで行ければそれでいいの」 声は真剣だった。 《俺からも頼むわ》 と通信に割り込んできたのはイルムだった。 《どうせあいつんとこ行くんだろ? 行ってきな。俺の機体使っていいぜ》 イルムの声もまた真剣だった。 《ただし絶対にあいつを連れて生きて帰ってくるって条件付きだけどな》 「…努力はします」 《上等。てなわけでハッチを開けてやってくれ。なぁに、責任は俺が持つから大丈夫だ》 程なくしてハッチが開いた。 「、ヒュッケバインEX出ますっ」 バーニア全開で飛び出したヒュッケバインは一直線にアストラナガンに向かって飛んでいく。 「…イルム中尉!?」 「いや違う。あれは…!?」 必死にアストラナガンを止めようとしていたSRX。そのコックピットでリュウセイが敏感に彼女の存在を感じ取った。 「なにやってんだ。戻れっ」 「いやっ。わたしはあの人のところに行くの」 通信用のモニターに映った彼女の姿を見てライは思わず叫んだ。 「お前、そのまま出撃したのか!?」 は制服姿でノーマルスーツを着ていなかったのだ。 いくら機密は保たれているとはいえ、いつ機体が破損して空気が漏れるかわからない。しかもこの空間に空気というものが存在しているとはとても思えない。そんな所にノーマルスーツなしで出撃するなど自殺行為と同じだ。 「なんですって!? 、早くマクロスに戻りなさい!!」 アヤの叫びも虚しく、通信は相手側から一方的に切られてしまった。 「ごめんなさい…でも、行かなきゃ」 もはや彼女には目の前の漆黒の機体しか見えていなかった。 そのかたわらが自分の居場所だから。 そこ以外には居場所がないから。 「…イングラム」 彼女にはイングラムの姿しか見えていなかった。 その周りにいるコピー・ズフィルードも、ユーゼスのジュデッカさえも彼女の視界には入っていなかった。 「今行くから」 引き寄せられるままヒュッケバインEXはアストラナガンの前までやってきた。 機体の大きさですでにかなりの差がある。下手すればその手で握りつぶされてもおかしくない。 「イングラム!」 コックピットから精一杯は彼に叫んだ。アストラナガンの目が眼前に立つ機体を見る。 「イングラム!」 「・・・・・・」 返事はない。 「どうしてそこにいるの!?」 「・・・それがオレの存在理由だからだ」 低くよく通る声。 ずっと聞きたかった懐かしい声。 「お前も・・・邪魔をするのか」 しかしそれは今まで彼女に向けられていたものとは全く違って酷く冷たかった。 「邪魔するのであれば・・・消えろ」 打ち出されたガンファミリアがの機体に迫る。それを切り払ってなおも彼女は訴える。 「わたしはここにいちゃいけないの? わたしの居場所はもうないの?」 「・・・・・・」 「約束したのに・・・ずっとそばにいてくれるって!!」 彼女の必死の説得の間にSRXはジュデッカと対峙していた。 「天上天下無敵斬りぃぃっ!!」 「くっ・・・イングラム、何を手間取っている。ならばラオデキヤ、ゆけ」 命じられてコピー・ズフィルードの一体が動いた。 「アルトレーザー、射出!」 「避けろっ、!!!」 リュウセイの声に振り返るヒュッケバイン。 「あ・・・」 迫る死の一撃。 この距離では避けることは不可能。 「―――っ!!」 爆発、そして爆煙が周囲を包み込む。 「うそだろ・・・そんな」 しかし薄れゆく煙の中から現れたのはヒュッケバインを守るようにかざされた漆黒の腕。 「・・・イングラム」 「・・・そうだったな」 記憶に残るそれと同じ優しい声。 「お前がかたわらにいればオレはもう惑わされることはない。ユーゼス! お前を倒すことがオレの本当の使命だ!!」 「この私に逆らうか、イングラム=プリスケン。行け、ズフィルードたち。その女を消し去ってしまえ」 素早くアストラナガンはヒュッケバインを引き寄せて胸に抱いた。 「はオレが守る。、しっかり掴まっていろ」 「はいっ」 そのままアストラナガンは上方に舞い上がった。 ヒュッケバインを胸に抱いているのでインフィニティシリンダーは撃てない。 「リュウセイ。ズフィルードたちはオレが引き付ける。その間にSRXでユーゼスを討て」 「了解っ、いくぜ! ライ、アヤ!!」 アストラナガンはジュデッカとは反対方向に飛んだ。 それを追ってコピー・ズフィルードたちもSRXとジュデッカから離れていく。 「、怖いか?」 「ううん」 は首を振った。 「怖くないって言ったら嘘になるけど、大丈夫。わたしだってマクロスのクルーなんだから」 それに自分にPTの操縦方法を教えてくれたのはあなたでしょ、と言うとイングラムは苦笑して、 「・・・そうだったな」 小さく呟いた。 「引き寄せて一気に叩く。離れていろ」 ヒュッケバインを背にかばい、アストラナガンは新緑色の光の翼を広げた。 「さぁ虚無へ帰れ・・・」 「きゃあっ」 しかしインフィニティシリンダーを撃つ前に射程内に入ったコピー・ズフィルードたちが一斉にのヒュッケバインを狙いだした。 攻撃体勢のアストラナガンは完全無視である。 「くっ」 彼女に念動フィールドを発生させる能力はない。 再び機体を腕に抱き自身の念動フィールドで守るもこれでは攻撃ができない。 下手な攻撃は弾かれてしまうし、攻撃体勢に入るにはどうしてもいったんフィールドを解かなくてはならず解いた途端にヒュッケバインが集中攻撃されるのは目に見えている。 回避と防御でじりじりと削られていくエネルギーとイングラム自身の精神力。しだいにフィールドで弾ききれなかった攻撃の余波が機体を揺らすようになった。 「イングラム、このままじゃ・・・。わたしがおとりになるからそのうちに攻撃して」 「お前を危険な目にあわせるわけにはいかない」 「でも・・・」 「オレのかたわらがお前の居場所だ」 言って抱く腕に力をこめる。 「ここだけだ。他にはない・・・他に行くことは許さない」 「イングラム・・・」 しかしこのままではいずれフィールドを発生させることも動くことすらできなくなる。 このままでは・・・。 「受けよ、ジーペン・ゲバウト」 一体が剣を高くかかげた。もう残りエネルギーはわずか。防ぎきれるかはわからない。 (もしもの時はティプラ―シリンダーの全エネルギーを開放するか・・・) もちろん彼女の機体を遠ざけてからなのだが。 (自分ではそばにいろと言って・・・矛盾しているな) そんなことを内心思いながら最後の気力を振り絞って精神をフィールド維持に集中させる。 と・・・。 「・・・・・・」 ヒュッケバインが突然アストラナガンから離れた。 「!? どこへ・・・」 突然のことに思わず解いてしまったフィールドの外へ機体が流れていく。 好機とばかりに集中する攻撃。 「ああぁっ」 圧倒的な能力の差。 なんとか直撃はまぬがれているもののいつ撃墜されてもおかしくない。 「とどめだ。受けよ、ジーペン・ゲバウト!!」 迫る機体。 振り下ろされる裁きの剣。 「・・・イングラム。生き・・・て」 覚悟を決めてがそう呟いたとき。 「させませんよ」 迫る機体の眼前を巨大なエネルギーの球体が通り過ぎた。 「はずしましたか・・・まぁいいでしょう。ではこれはどうです? 縮退砲、発射!!」 「なっ、余が・・・滅するというのか!?」 閃光、そして爆発。 傷ついたヒュッケバインを庇うように立ちはだかったのはグランゾンだった。 「シュウ、なんのつもりだ?」 「勘違いしないでください。私は彼女を助けただけです」 「シュウだけじゃないぜ!」 駆けつけたのはサイバスター。 「シュウ、てめぇだけかっこつけてんなよ!」 「おや、マサキ。あなたの機体では役不足では?」 「俺たちも忘れちゃ困るぜ!!」 その背後にはロンド=ベルの仲間たち。 「みんな・・・」 「さぁ、一気にケリをつけちまおう!!」 一丸となったロンド=ベル隊は強かった。 数々の戦いを勝ち残ってきただけのことはある。 次々と撃墜されていくコピー・ズフィルードたち。 「ばかな・・・これほどまでの力が!?」 「おれたちは絶対に負けねぇんだ! いくぜ、SRX!!」 HTBキャノンがジュデッカをとらえる。 「天上天下っ、一撃必殺ほうぅぅっ・・・はっしゃあぁぁぁ!!」 「ぐうっ・・・くくくっ、見事だ」 そしてジュデッカは爆発の中に消えていった。 * * * ジュデッカの撃墜により空間が崩壊を始めた。 《全機、直ちに帰還せよ!》 ロボットたちが一斉にマクロスに向かう中、アストラナガンだけはその場でティプラ―シリンダーの力を解放していた。 空間に裂け目が生じる。 ここを抜けて彼は時を越える。 「また会おう・・・どこかで」 自分にはまだやることがある。 それで今まで自分がしてきたことの償いになるとは思えないが、 「なにも言わずに行くことを許してくれ・・・」 「許さない」 「っ!?」 見るとかたわらにヒュッケバインがいた。 「お前も早くマクロスへ行け。崩壊に巻き込まれるぞ」 「そうしたら行っちゃうんでしょ?」 「衝撃波が到達する時間まで飛ぶだけだ。半年後には会える」 するとヒュッケバインはアストラナガンの手を取った。 「他に行っちゃだめだって言ったのはあなたでしょ?」 過去でも未来でも、地球でも木星でもバルマー本土でも構わない。 「あなたのかたわらがわたしの居場所」 漆黒の天使がそっと抱きしめた。 「ならば・・・行くぞ」 「はいっ」 歪む空間、眩い閃光。 気がつくとマクロスは木星圏にいた。 全機体は確認されたが・・・。 ヒュッケバインのコックピットにの姿はなかった。 「もうすぐだ」 アストラナガンの中で二人は寄り添っていた。 「それが終わったらどうする?」 「そうだな・・・もう一度時を越えて、誰も俺たちのことを知らない時代で暮らすか?」 そんな他愛もない話。 それが不意に襲った不吉な揺れに中断された。 「なに?」 「心配するな。オレがそばにいる」 辺りが一瞬閃光に包まれて、続いて暗闇が冷気を伴って静かに襲い掛かってきた。 ただ怖くて、だからぎゅっと目をつぶって体を丸めた。 そうしたらなぜか冷気の代わりにふわりと暖かいものがわたしを包み込んだ。 耳元で誰かの声。 《怖がらなくていい…大丈夫だ》 その人の腕は思いのほか優しくて、暖かくて。 もう大丈夫なんだって安心して。 そうしたら急に体の力が抜けて。 深淵に落ちていく意識。 あの人の腕を感じながら。 それがわたしの一番古い記憶。 Fin. 言い訳じみた独り言 900Hit瀬菜さまのリクで夢のあるSS(記憶喪失ネタ)でした。 って、お相手はおもいっきり彩斗の好みに偏りましたが(乾笑) 記憶喪失の理由=爆発という話でふと思いついたのがさんも因果律に取り込んでしまおうというもので、さんにはひっじょーにご迷惑をおかけしております。 イングラムの時を越える云々はα外伝を一生楽しむ本にあったのでおそらくオフィシャル設定でしょう。 少佐、いい人vv 瀬菜さま、こんなんでオッケーですか? ちなみに他の方々バージョンとヒロイン設定の違う少佐別バージョンも只今気合+気合+集中+魂で製作中です。 |