蜜月の時は短い。

「行ってくる」
「お気をつけて・・・ええと、御武運を」
「ああ」




貴方だけ2 〜Waiting for you〜



 霊帝含むバルマー帝国の極偏った一部を巻き込んだ大騒動から約一ヶ月。
 未だ侵略中の帝国監察軍第七艦隊の総司令殿は後ろ髪を引かれつつも屋敷を後にした。
 屋敷の前で彼の後ろ姿をずっと見送る愛しい人の視線を背に感じつつ・・・。


「出来る限り穏便に進めてくる。汝の生まれ育った故郷(ほし)なのだからな」
 それが無理なのはもよくわかっていた。
 どう進めようともそれが“侵略”であることに変わりはない。
 でも・・・それでも、彼のそんな気遣いが嬉しかった。


* * *


 大きな屋敷に一人では寂しいだろうとラオデキヤは何人かの家政婦に暇を出さず彼女の世話をするように残した。
 不意に目が覚めて寂しさに枕を涙で濡らす夜もあったが、日中は手の開いた家政婦たちとのおしゃべりに華を咲かせてそれなりに充実した日々を送っている。
様? いかがなさいました?」
 何度『敬語は堅苦しいからやめて』とお願いしても唯一首を横に振り続けた家政婦長が窓辺に置いた大きなイスに腰掛けたに声をかけた。
「・・・」
様?」
「・・・え?」
 もう一度名を呼ばれは驚いた様子で瞳を見開いて家政婦長を見た。
「何?」
「いえ、顔色が悪いようですがご気分でも優れませんか?」
「そ、そう? 別に普通よ?」
 しかし彼女の顔色が悪いのは誰の目にも明らかで、それを裏付けるように最近目に見えて彼女の食欲は落ちている。
 彼女自身、最近何かおかしいと思ってはいたが、迷惑をかけるわけにはいかないと誰かに漏らすこともなかった。
 それでも数日後には吐き気と微熱で体調不良を隠すことも出来なくなり、家政婦長に近くの病院に連れて行かれた。
「少し気分が悪いだけですから・・・」
 診察台に横になって弱々しく言う
 医師は長い間黙っていたが、
「どうなんですか?」
 と家政婦長にも不安げに尋ねられるに至ってゆっくりと重い口を開いた。
「診察の結果・・・」
 顔を上げた医師の顔は意外にも明るく。
「妊娠4ヶ月です。おめでとう」
「・・・・・・・・・は?」
 二人は顔を見合わせて間抜けな声を上げた。


「おめでとう、さん」
「すごい・・・羨ましいわぁ」
「お腹、触っても良い?」
 帰る前に心配していた他の家政婦たちに連絡していたため、屋敷のエントランスで家政婦たちに囲まれたはその場で立ち往生、遅れて入ってきた家政婦長に、
「あなたたち、様は身重なんですよ!」
 と一喝されるまで彼女たちにもみくちゃにされていた。
 そのまま引きずられるようにして寝室に直行させられたはベッドに押し込まれてしまった。
「あ、あの。まだ昼間・・・」
 そんな小さな抗議の声も、
「駄目です。お医者様も今日はしっかりお休みなって栄養をお取りになるようおっしゃっていました。すぐに何かお持ちしますからそれまでお休みください」
 家政婦長はぴしゃりと反論を封じ、部屋を出て行ってしまった。
「くれぐれも、お一人で出歩きませんように」
 と釘もしっかり刺して。
 仕方ないのではそのまま布団を更に引き上げた。
 大人しく目を閉じてもこう昼間からでは睡魔もやってこない。
「子供・・・か」
 呟いて思わず赤面する。
 ラオデキヤに愛されたのは一度や二度ではない。
 その結晶が出来るのも当たり前のことで、自身頭では理解していたつもりだった。
 しかし実際そうなってみると少なからず不安も生まれてくるもので。
 今は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる家政婦長に感謝。
 わけもわからずおたおたしてしまう自分を引っ張ってくれる彼女には自分の母親を重ねていた。
 攫われてからゴタゴタが続いてすっかり忘れていたが、地球にいるもう会えない両親に思いを馳せて。
「・・・ごめんね」
 は一粒涙をこぼした。



 それからもうあっという間にお腹は膨らみ十月十日。
「はぁ・・・もうちょっと塩気が欲しい」
「もう少しですから。ご出産いしましたら何でも好きなものをお作りしますよ」
 家政婦長に宥めすかされてしぶしぶ食事を口にする。
 妊娠中毒の予防のために減塩で高たんぱく低カロリーの食事にもいい加減飽きてきたである。
 まあその甲斐あって今のところ母子共に健康そのものなのだが、としてはもう少し刺激のある食べ物が恋しかったりした。
 動かないと逆にお産が重くなると軽い運動が推奨されたのは不幸中の幸い(?)か、外出はさすがに止められたが屋敷の中を歩き回るのはかなりの気分転換になったし、普段と同じように手の空いた家政婦たちとの談笑も―――もっぱら話題はお腹の子供についてだったが―――あって気分が沈むこともなかった。


 そんなある日。
「もうちょっとよ」
 肩にショールを羽織って窓辺に寄せた一人用のソファーに身を預け、大きくなったお腹を撫でながら語りかけるの姿があった。
「お父さんも早く帰ってくるといいのだけれど」
 帰ってきた彼を子供と共に迎えて驚かせるのも面白いと思うけれど、やはり不安なときにはそばにいて欲しいもの。
 それが例え無理な望みだとわかっていても、ありえないことだとわかっていても呟かずにはいられなかった。
「ラオデキヤ様、早く帰ってきて」
 と。
 風が強くなってきてカタカタと窓枠を揺らす頃、家政婦の一人がノックをして部屋に入ってきた。
「今日は風が強いみたいですね」
「そうね。もうすっかり寒くなってしまって。この風が暖かくなる頃にはあの人も帰ってくるかしら?」
「お戻りになりますよ。そして驚かれるでしょうね」
「ふふっ、そうね」
 瞳を丸くして子供を凝視するラオデキヤの姿を思わず想像してしまっては小さく笑い声を上げた。
 が、次の瞬間眉を寄せて前屈みになりお腹を押さえて呻き声を上げ始めた。
さん!?」
「お、お腹が・・・」
 その一言で状態を悟った家政婦が血相を変えて部屋を飛び出していく。
「誰か! さんが!!」
 慌てるあまり裏返るその声を聞きながらは規則的に体を苛む鈍痛に必死に耐えた。



 それからはまるで嵐のように目まぐるしく、はその後病院のベッドの上で目を覚ますまでの間のことをよく覚えていない。
 ぼんやりと思い出せるのは慌しく駆ける足音と意識の混濁してきた自分に必死に声をかけ続ける誰かの声。
 そして唯一、朦朧とする意識の中で自分の手を握り締めてくれた誰かの手の感覚だけが鮮明に残っていた。
 温かくて大きくて・・・優しい手。
・・・」
 その人がそばにいてくれたから、自分はがんばれたんだと思う。


* * *


 嵐の過ぎ去った病室。明け方の白々と窓の外が明るくなっていく時間帯。
 汗で額に張り付いた前髪を優しく払う指の感触には目を覚ました。
 全身が鉛のように重く指一本動かすのも億劫で、視線だけ動かしてその姿を確認しようとすると相手も気付いたらしく声をかけてきた。
「気分はどうだ?」
 低くよく通る声。
 流れる銀の髪の・・・待ち焦がれていた愛しい人。
「ラオデキヤ・・・様?」
 喉がかすれて上手く言葉になったか不安だったが、聞き取れたらしく相手は軽く頷いた。
「どう、して・・・地球に、行って・・・いたはずなの、に」
「霊帝に呼び戻されたのだ。“特例”だそうだ」
「霊帝様に?」
 帰還指令の文章は極簡潔に『今すぐ帰還せよ』とあっただけだったという。
 幾人かの共を連れて霊帝の元に向かった彼が聞いたのは信じられない事実。
 そして偶然にもその時がまさにが陣痛で病院に運ばれたという報告が入り、彼は退出の礼もそこそこに部屋を飛び出していったのだった。
「あ、赤ちゃんは?」
 “生まれた”という安堵からよく見ないうちに気を失ってしまったはまだ自分の子供の顔を見ていない。
「男の子だ。力強く泣く子だったぞ? 将来はさぞかし勇猛になるであろうな」
 ラオデキヤの声は珍しく弾んでいるように感じられた。

 彼が喜んでくれている。

 こんなに嬉しいことはない。

 こんなに幸せなことはない。

 瞳を潤ませて微笑するの目尻に溜まった涙を指先ですくい、ラオデキヤはその頬に軽く口付けをとした。
「ありがとう」
 その一言には更に瞳に涙を浮かべ、
「はい」
 と小さく頷いたのだった。


* * *


「目を覚ますと彼女の傍らには夫の姿があって、実は彼女が妊娠したと知って急いで戻ってきたんだって」
「うわぁ・・・ほんと愛よねぇ」
 遠征中の戦艦内部。非番の兵士たちの一角で女性ばかりが集まって談笑している。
 話題は彼女の中の一人が聞いたというある夫婦の話。
 自分たちのように遠征に出ていた夫が妻の出産を知り一人戻ってくるというもの。
「私もそんな人と一緒になりたいvv」
「あなたの場合、良い人と巡り合うのが先でしょう?」
「もう、茶化さないでよっ」
 そんな他愛もない会話を中断させたのはパタパタという元気な足音。
「あら? どこから入ってきたの?」
 可愛らしい少年が室内を駆けていく。
「走ったら駄目よ。転んじゃうから」
 そう声をかけると、こちらを見てにっこり笑い素直に走るのやめた。
 と。
 シュンっと音を立てて戸が開き、一人の女性が入ってきた。
「ここにいたのね。もう、勝手に走り回っちゃ駄目っていつも言っているでしょう?」
「ヤバっ・・・」
 少年が苦い顔をする。
 どうやら彼女が少年の母親らしい。
「ごめんなさい、母様」
「お父様がお呼びです。行ってらっしゃい」
「はい」
 少年が部屋を出て行ってから母親らしき女性は周囲に『お騒がせしてすみません』と苦笑して見せた。
「走り回らないように言い聞かせますから」
 どうやら先程の声も聞かれていたようで少年に声をかけた女性兵士が薄く頬を染めた。
「そういえば、貴女は知ってますか?」
 不意にその隣に座っていた女性兵士が少年の母親に尋ねた。
「何をですか?」
「妻のために遠征中に引き返した夫の話」
 すると彼女はにっこり微笑んで答えた。
「ええ。よく知っていますよ。それにしてもこんなところでウワサになってるなんて、ね。知らなかった」
 そのまま軽く会釈して部屋を出て行こうとする彼女に誰かが尋ねた。
「あなたの知り合いの話なの?」
「いいえ」
 彼女は悪戯っ子のような笑みと共に言う。
「だってその話の妻は私ですから♪」
『え!?』
 一同が目を丸くすると戸の向こうから逞しい腕が伸びてきて彼女の肩を引き寄せた。
「こんなところにいたのか。汝もすぐにどこかに行ってしまう。あれの脱走癖は汝譲りのようだな」
「そんなことありませんっ」
 むきになって反論する彼女とそれを面白そうに眺める彼。
 その姿はまるで夫婦か恋人同士なようなのだが・・・。
『そ、総司令!?』
 そう呼ばれてやっと自分たちが注目の的になっていたことに気付き、は薄く頬を染めラオデキヤは軽く咳払いをした。
「ともかく、汝はそろそろ部屋に戻れ。二人ともせめて余の目の届く所にいてくれ」
「はいはい」
 苦笑しつつラオデキヤに連れられては部屋を後にした。
 二人が去った後、しばらく室内はしんと静まり返っていて不意に誰かの呟きが小さく漏れた。
「総司令って・・・意外と愛妻家なんだな」
 一同がそろって頷いたのは言うまでもない。

 ただし、彼が日に日に成長する我が子と最愛の妻と離れたくないが為だけに職権乱用して二人をヘルモーズ乗せたのを知っているのは、乗せた本人と霊帝とおかげで仕事の増えた副指令のみであるのはここだけの話。


Fin.




  言い訳じみた独り言

    長らくお待たせしました・・・って前にも似たような前文句だったような(汗)
   桔梗さまの3232Hitリクで『夢のあるSS(2801リクその後)』でした。
   タイトルに捻りがないのは気にしないでください(ヲイ)

    書いてる途中いろいろとあった(個人的に)ある意味思いで深いものになりました。
   一時期ちょいと挫折してましたが、なんとか書きあがってよかったよかったvv
    本当はいろいろとネタもあったんですが、ネタ出ししてたチャットのログが消失してしまって大幅カット。
    ついでにあまりの甘さに書いて本人が何度も『うはあぁぁぁっ!!(照)』ってキーボードひっくり返したい衝動に駆られて執筆遅れるし・・・(大汗)

    桔梗さま、こんな感じになりましたがいかがでしょう?