桜の精に会える日


 ずっと昔、まだ私が小さくてこの街に暮らしていた頃。
 突然決まった引っ越しに反発した私はその場所までやってきた。
「ふぇ・・・ひっく、ひっく・・・・・・」
 咲き始めの桜の木の下で膝を抱えて一人座り込んでいたら、
《どうした?》
 突然上から声がした。
「え??」
 驚いて辺りを見回したけど誰もいない。
「うぅ・・・誰?」
《ここだ》
 そして私の前に桜の精が現れた。
 ピンク色の花びらを纏い、天から降りてきたその人。
 あんまり綺麗で私は泣いてたことも忘れてしばらく見とれてた。
《どうして泣いている?》
 問われるまま私は彼に胸の内を話した。

 親の仕事の都合で引っ越さなければならないこと。

 友達とさよならしなくちゃいけないこと。

 仲の良かった友達と同じ学校に行くと約束したこと。

 それも、もう叶わないこと。

「やだ・・・よぉ」
 全部話して私はまた涙ぐむ。
 と、ポンッと彼の手が私の頭に乗せられた。
 風に吹かれて舞い踊る花びらの中、桜の精は微笑んでいた。
《別れの悲しさは一時のもの。永遠の別れでないのならいつか会える。会いたくなったら会いに来ればいい》


 それから数年の月日が流れた。


* * *


「私は待った・・・そして帰ってきた!」
 四月某日、所は私立R高校正門前。
 そこに立って感慨深そうに校舎を眺める新入生らしき一人の女子生徒。
「人間何事もやってみるものね」
 彼女の名は。
 小学校の途中までこの街に住んでいたが親の仕事の都合で引っ越して数年。今年とうとう親の反対を押し切ってこの高校に入学したのだ。
 そして今日は記念すべき寮生活初日であり明日は入学式。
 胸を期待に膨らませて彼女は今ここに立っている。
「さて、寮はどこから入るのかな〜?」
 幼い頃の記憶はひどく曖昧で来たことがあるという記憶はあっても具体的な位置までは思い出せない。
 そして不運にも辺りに人気が全くないのである。
「一人くらい下見に来てる人がいてもいいのに・・・」
 実際に試験を受けたのではなく推薦で合格していたのと昔住んでいた土地という安心感からは事前に下見をしていなかった。
「あぁ、早くしないと日が暮れる」
 その寮は門限に厳しいと聞く。
 寮生活初日から怒られて目をつけられてはたまらない。
 はとりあえず学校の敷地内に入っていった。


「制服着て来て正解だね」
 これで遠目には―――実際もそうなのだが―――ここの生徒に見える。
 荷物は先に送ってあるからあとは本人が到着すればめでたくオッケー。
「・・・なんだけど」
 直線で200m走ができるくらい広い校庭まで出てきては呟いた。
「寮ってどこよ?」
 どっちを見てもそれらしき建物はない。
 しかも離れていた間に周囲の風景はかなり変わっていて、これでは記憶も当てにはできない。
「初日から迷子なんて・・・あいつじゃあるまいし」
 ふと小学生の時同級生だった男の子のことを思い出した。
 彼は天性の方向音痴で写生や課外授業で校外に出かけると決まって迷子になって教師総出で探し回ったこともあった。
 本人曰く“目的地のほうがおれのこと避けてるんだ”だそうで。
 そういえば彼はどの高校に進学したのだろうか。
「最近は手紙も出してないし・・・って、今はそれどころじゃな〜い!!」
 日は遠くの山の端に引っかかり始めた。はっきり言ってかなりまずい。
 本気で今後の寮生活に不安を抱き始めた。
 と、不意に一陣の風が彼女を通り抜けていった。
 風に混じってピンク色の花びらが彼女の髪に絡む。
「・・・桜だ」
 彼女がこの学校を受験した理由が実はここの桜の木にあった。
 幼い頃に出会った桜の精。
 泣き虫で自分じゃ何も決められなかった自分を変えてくれたあの日。

 その時も今日みたいに桜の花びらの舞う夕暮れで。

 吸い寄せられるようには校庭で一番大きな桜の木の根元まで歩いていった。
 そっと幹に触れる。記憶の中のそれよりやや細く感じる幹。それが過ぎ去った時間を否応なしに思い出させる。
「帰ってきちゃった」
 漏れた呟き。
「貴方に会いたくて・・・会いに」
 風に花びらが舞う。
 答える者は・・・ない。
「貴方が勇気をくれたから。私は帰ってきた」
 それでもは桜の木に話しかけ続けた。
「お願い・・・もう一度だけ」
 姿を現して。
 そして伝えたい。ずっと胸に秘めていたこの想い、この気持ち。
「私・・・」
「呼んだか?」
 頭上からした声と共にあの日と同じように彼が現れた。
(やっぱり・・・綺麗)
 桜の花吹雪を纏い降りてきた桜の精。
 そこだけはまるで空間を切り離したかのように非現実的だった。
 流れる銀の髪に同じく銀の瞳。長身ですらりとしていて、でもひ弱さなど微塵も感じさえないその姿。
 あの日と同じように思わずぽおっとなりかけて慌てて我に返る。
「あ、あのっ」
 言いたいこと、伝えたいことがたくさんある・・・ありすぎて逆に何も言えない。
 何から話せばいいだろうか?
 真っ赤になって口ごもる。その視界が一瞬にして銀色に埋め尽くされた。
「・・・え?」
 数秒送遅れてそのことに気付く。頬に触れる柔らかい生地の感触。
 そしてやっと桜の精の腕の中にいると気付いてさらに顔が赤くなった。
 とくんっとくんっと聞こえるのは果たしてどちらの心音なのか。は抱きしめられたまましばし硬直。そして相手もどうやら彼女を離す気はないらしく、逆に離すものかときつく彼女の体に腕を回している。
「また・・・会えたな」
「・・・うん」
 の腕が恐る恐る相手の背に回る。
 たまらなくなってきゅっと服を掴む。
「戻ってきたよ。・・・帰ってきた。貴方に会いに」
 会って一番に言いたかったこと。
 あの日、彼が言った言葉。

 “会いたければ会いに来ればいい”

 だからここを受験した。
 そして帰ってきた。
「余も待っていた・・・ずっと、ここで」
 そう言って桜の精はの肩に顔をうずめた。


 気がつくとすっかり日は暮れてしまっていた。
「あぁ! 門限!!」
 気がついて青ざめる。すると彼は薄く微笑んで、
「余が送ろう」
 と彼女に自分についてくるように言った。
 促されるままに連れてこられたのは新築らしい大きい建物。
「さあ、着いたぞ」
 その前まで来て彼は振り返って彼女に言った。
「着いた? もしかして・・・ここが寮!?」
 信じられない。寮というからもっと古くて狭くて・・・少なくとも今目の前にある建物なんか想像すらしていなかった。
 と、入り口から金髪の生徒らしき男の人が足早にやって来た。
「君がか?」
「あ、はい」
 姿勢を正して答えると、
「ここの寮長を務めているライディース=F=ブランシュタインだ。生徒会長もしている。君の部屋は二階の七号室・・・鍵はこれだ」
 手渡された真新しい鍵。
はそっとそれを握り締めた。この瞬間から新しい生活が始まるのだ。
「到着が遅れてしまってすみませんでした」
 素直に頭を下げると寮長は一言、
「次から守ってもらえればいい」
 と言っただけだった。
「寮内での規則は先に配布されている資料を参照してほしい。何か質問は?」
「いえ、今のところはありません」
「では早く部屋に入ってもらえるか? 荷物はすでに運び込まれているはずだ」
 そしてきびすを返そうとして始めて、寮長はの後ろにいた彼に気がついた。
 そして驚いた表情をして言った。
「ラオデキヤ理事長!? いらしたのですか?」
「
理事長!!?・・・桜の精じゃなかったんだ」
 も驚いて彼を見た。
「彼女は余の知り合いだ。今まで敷地内を案内していたのだ」
「なるほど・・・それで」
「では。よい寮生活を」
 ラオデキヤという名らしい彼はそう言って去っていった。
 その場に呆然と立ち尽くす。その瞳はライディース寮長に声をかけられるまで驚きに大きく見開かれていた。


* * *


 家に帰る途中、ふとラオデキヤは足を止めて月明かりの中に幻想的に浮かび上がった夜桜を見つめた。
「桜の精・・・か」
 あの日、大学を卒業して代わりに理事長をしろと親に言われこの木の上で考えていたところに現れた女の子。
 励ますつもりが逆に励まされていた。
「うんっ、わたしぜったいにかえってくるから!!」
 そう言って微笑んだ少女の笑みが忘れられなかった。
 だから毎年桜の季節になるとその木の上で待っていた。
 彼女と再び会うために。
「余も、思ったのだぞ?」

 舞い散る桜の木の下にいた少女を見て、
「桜の精が現れたのだと・・・」


 ふと、あの大きな桜の木の下で誰かが微笑んでいたような気がした。




   言い訳じみた独り言

     2000Hit桔梗さまのリクエストで“夢のあるSS。テーマは出会いと別れ”でした。
    今回無理やり士帥をお相手にしたんですが・・・違和感ありませんでしたか?(かなり不安)
     おそらく学園ものはこれが初書きです。
     設定は最近チャットで盛り上がった学園ネタを使わせてもらいました。
    これ一つだけじゃなくて同じ設定の下相手の違うドリームを書いていきたいと思ってます。
    いつ頃上がるかは書いてる本人の気力しだいなんでいつになるかは未定なんですが(苦笑)

     桔梗さま、こんなですがいかがでしょう?