大切な人だから・・・ 拉致監禁のススメ その日、いつものように訓練前のミーティングをしていたSRXチームの元にが唐突に乱入してきた。 「失礼します」 丁寧な口調で断ってから入室した彼女は、つかつかと淀みない足取りで歩いていき一人の人物の前に立った。 「何の用だ?」 話を中断されて不機嫌そうに見上げるイングラムに彼女はにこっと一つ笑みを向けて、それから周囲で固まっている三人に向けて同じ笑みを投げかけて言った。 「教官殿、しばらくお借りします」 『は?』 言われた当人含む四人がそろって声を上げる中、は一人笑みを崩すことなく、おもむろにイングラムに向き直ると・・・。 ごすっ 拳を握り締めて彼の鳩尾に容赦ない一撃を打ち込んだ。 「なっ!?・・・かはっ」 予想もしていなかった彼女の行動にとっさに避けることもできず、いい所にモロ入って小さく呻いた彼の体が傾ぐ。 眼前のデスクに倒れこむのをすんでのところで抱きとめて、未だ硬直から脱出できずにいる三人に顔を向けて、 「そういうわけで、失礼しました!」 片腕で器用に動かない体を支えたまま、彼女は片手を上げて軍の敬礼をする。 そうして硬直から回復した彼らに何か言われる前にイングラムの体を抱えて―――表現としては引きずると言った方が正しい―――さっさとミーティングルームを出て行った。 ドアの向こうに二人の姿が消えて数分後、三人の中で最も早く復活したライが一言呟いた。 「な、何だったんだ?」 そんな彼らがその後イングラムが半ば無理矢理一週間ほどの休暇をとったと知らされるのは、結局隊長不在のまま午前の訓練が終わってから。 唐突に休暇をとり、拉致られるように連れさらわれたイングラムは軍施設の外に出たのを確認されていないが、それから彼の姿を見かけたという人物もまたいなかった。 * * * 「で?」 「で? と申しますと?」 こめかみに青筋立てて目の前の女性を睨むイングラムに当の女性―――は笑顔のまま聞き返す。 「これはどういうつもりだっ」 「これってどれ?」 「ふざけるな! 何のつもりでオレを拘束しているかと聞いている!!」 感情のまま怒鳴る彼に笑みを深めて彼女は返す。 「拘束なんて・・・監禁って言ってvv」 見つめ返す目は本気で冷たい色を帯びており、戦場に立つ軍人のはずの彼は背筋を冷たいものが伝うのを感じた。 今イングラムはベッドの上にいる。服装はミーティングルームから拉致された時と変わらない軍服姿。ただし上着はイスの背に無造作に引っ掛けられていてる。 それだけなら自室で短い仮眠を取っているようにも聞こえるが、一つだけ確実に休憩中とはいえないオプションが付いていた。 「この手錠を今すぐ外せ」 彼の右手は現在手錠に繋がれていて、その反対側はベッドの足にかけられている。 金具をガチャガチャいわせて引っ張るが、手首に無駄に痣を作るだけで外れる気配はない。 「えぇ? 監禁と言えば手錠拘束でしょう?」 「・・・・・・」 珍しく押され気味なのは、いつになく彼女が強引だからか、それとも拘束されて身動きが取れないからか。 「こんなもの、どこから持ってきた?」 「ちょっくらDC日本支部でいただいてきました」 その名前を出されれば皆まで言われなくとも誰が関わったのかわかって、彼は小さくため息をつく。 となればこの手錠も本物か本物以上の代物に違いない。下手するとPTに使われるような特殊合金製という可能性もある。自力で壊すのは早々に諦めた。 「奴に近付くなと再三言っていたと思うが?」 それでも一つ文句を投げつけると、イングラムに捕まらないよう彼の足側のベッドサイドに腰掛けたはさらりと言った。 「大丈夫。私の技量はイングラムも知ってるでしょう?」 曲げた腕に手を乗せて片目をつぶる彼女が実は古武術の達人で、過去にイングラムを投げ飛ばし、あのシュウ=シラカワに関節技をきめた人物だというのは意外と周囲に知られていない。 その他にも彼女の前に膝を屈した軍関係者は数多いと聞く。 しかし負けた当人がそろって口をつぐみ、勝った本人も別段周囲に言うことがないので、真相はことごとく闇に葬られている。 「!」 「怒ってばかりだと血管切れるよ?」 「原因はお前だろうがっ!! これが恋人に対する仕打ちか!!! まったくおまっ・・・」 これでもかとエクスクラメーションマークをつけて叫んで、イングラムは途中声が喉に引っかかってむせた。 言わんこっちゃないと呆れ半分にに渡されたペットボトルの中身を一気に呷って続きを叫ぶ。 「まったくお前は何を考えている」 「何って・・・イングラムのことだよ?」 これのどこが? という疑いの眼差しを軽くスルーして、 「それじゃあ私はちょっとお仕事してくるから」 と言い残し、は部屋を出て行ってしまった。 ドアが閉まってからピッと小さな電子音がして、外側からロックされたことを知る。 研究者を兼ねた軍人が多いこの基地内のセキュリティーは完璧で、一度ロックされるとIDカードを通してとパスワードを入力しないと絶対に開かないようになっている。 よって何とか上手くして手錠を外せても外に出るのは難しい。 最悪、端末からシステムにハッキングするしかない。 「何を考えているんだ、いったい・・・」 諦め半分のため息をついてイングラムはごろんとベッドに横になる。 右手を上げたままという不自然な格好でも久しぶりに頬に感じるシーツの感触は心地よく、ぼんやり天井を眺めているとだんだんと瞼が下がってくる。 「ただいま〜」 一時間ほどしてが部屋に戻ってくると、ベッドの上の囚われの人はシーツに頬を押し付けて熟睡していた。 「うわぁ・・・完璧に熟睡してる」 ベッド脇の床に座り込んで頬骨の出た頬をつっつくが起きる気配はない。 しばらく男の寝顔を眺めながらは何ともなしに呟いた。 「こんなになる前に寝ればいいのに・・・」 先にイングラムが絶叫した通り、と彼は恋人同士である。 SRXチームの教官をしているイングラムと、近くの士官学校で教師―――無論専門は体術だ―――をしているは一緒にいられる時間は少ない。 そもそも出会いすら偶然の要素が多かった。 SRXチームが出来る以前。急ぎの用で訪ねて行った先の相手が士官学校の講演会に講師として招かれていて、時間がおしていたこともあり現地までわざわざ出向いたイングラムはそこで一人の教師と会う。 細身の女性ながら古武術の達人と聞き、待っている間の退屈しのぎとストレス解消も兼ねて気まぐれに一戦申し込んだのだった。 そして結果は・・・気付いた時にはすでに床に転がされていた。 運良く修練場に二人の他に人がいなかったのが幸いして、この衝撃的な事件は闇に葬られ、イングラムは過去の汚点の一つとして記憶の奥深くに封印していた。 その扉が再び開かれたのはつい最近。SRXチームが彼女の勤める士官学校の近くの軍事施設にやってきて数ヶ月立った頃。 軍人成り立てのリュウセイのために近場の学校から呼ばれたのがだったのだ。 「一応軍属だけど、気軽にって呼んで」 笑顔は可愛いが、いざ授業となると容赦ない。 なんども床に転がされ叩きつけられて、頑丈なのがとりえのリュウセイが根を上げた。そして冷ややかな眼差しでそれを見ていたライが手本として加わり、ものの見事に床に転がされた。 「つ、強ぇ・・・」 週に一度の割合で軍事施設を訪れるは無論教え子の上司にも会った。 顔を合わせてこの偶然に驚いた二人はそれが縁で時々言葉を交わすようになり、リュウセイがなんとか標準ほどのレベルに達した頃、恋人同士となった。 もっとも、二人の様子は傍から見ても戦友のようなさばさばしたもので、単に仲がいい程度にしか見られていなかったが。 不自然にイングラムの右手を引っ張り上げる手錠を外して、手首に付いた痣にそっと口付ける。 それでもまだ、彼は目を覚まさない。 「こんなになる前に寝ればいいのに・・・」 再び呟いて手の中で手錠をもてあそぶ。 先週会いに来た時にこのところ寝不足だと聞いて、 「一度脳が溶けるくらい寝たらすっきりするんじゃない?」 と冗談半分に言った。 そして先日。何気なく周囲に聞いてみたところ、ここ数日まともに寝ていないことがわかり、こうして強引に拉致監禁とあいなった。 始終不機嫌そうな仏頂面なのはいつものこと。でもいつにも増して怖い顔なのは寝不足で疲れが溜まっているから。こんな状態で戦闘に出ることにでもなったら、いくら彼でも確実に撃墜されて死んでしまう。ちょっとした演習でも集中力が低下すれば怪我をする。 彼のことだからこうやって無理にでも寝かせないと休まないだろう、と知り合い―――DC日本支部のあの人―――に頼んでこんなものまで調達してきた。 「一応鍵はかけて行ったけど・・・パス知ってるんだから意味ないのに」 開けるにはIDカードとパスワード入力が必要だが、かける分にはパスワードだけでいい。 ここはイングラムの自室だ。カードは彼が持っていて上着のポケットに入っているし、パスワードを知らないはずがない。 そのことに気付けなかったほど、彼は疲れていたようだ。 「それにしても、監禁なんて私って大胆?」 言ってみてくすくす忍び笑いを洩らす。 平気で男性を投げ飛ばすようなだが、普段は割と大人しいし特に積極的というわけでもない。 そんな自分が強制的に休ませるという目的とはいえ恋人を拉致監禁している。 「これが世に言うちょっと歪んだ愛情ってやつ?」 自分の命より大切な人だから、何ものにも代えられない愛する人だから―――誰の目にも触れない場所に閉じ込めてしまいたい。 以前なら笑い飛ばしていただろう言葉が、なぜだか今はよくわかる。 手錠をシーツの上に置いて、散らばる彼の深青色の髪をそっと撫でる。 「残念。帰ってきてもまだ起きてたら子守唄でも歌ってあげようと思ってたのに」 「なら今から歌ってくれ」 突然声がして、腕を掴まれて引き寄せられた。 「わわっ」 という色気のない悲鳴を上げて横になったイングラムの胸の中にすっぽり収まる。 顔を上げると夜明け前の空の色の瞳とぶつかった。 「お、起きてたの? いつから? どの辺で?」 「手錠を外されたあたりで、か」 ということはあの痣にキスしたのは確実に見られている。 「〜〜〜っ」 羞恥で頬を赤くして動揺のあまり目を白黒させるに彼は口の端に薄く笑みを浮かべて言う。 「歌ってくれないのか?」 悪戯を仕掛けて相手が引っかからないか待っている子供のような口調にはくすっと小さく吹きだした。 「何を歌う?」 「何でも・・・お前の声が聞きたい」 さらっと殺し文句を囁かれてぽっと頬が赤く染まる。 普段が普段なだけにこういった不意打ちは心臓に悪い。加えて言ってる当人にその自覚がないだから更に性質が悪い。 「音痴だって後で文句言わないでよ?」 照れ隠しにいくらかぶっきらぼうに言って、は静かに歌いだした。 普通の子守唄がとっさに出てこなくて、口をついて出たのは最近CDを買って部屋で聞いている曲。 バラード調にスローテンポで歌っていると、それに合わせてイングラムの大きな手で髪をすかれる。 髪の間を滑る指の感覚が心地よくてうっとり目を閉じる。これではどちらが眠りを促されているのかわからない。 しかしの位置からは見えないが、その髪をすくイングラムも指を滑らせながら目を閉じて曲に聞き入っていた。 の歌とイングラムの指の動きと、途切れたのはどちらが先だったのか。 静まり返った室内を二人分の寝息が満たしていく。 お互いの体に腕を回して、二人は幸せそうな表情で眠りの中に落ちていくのだった。 * * * 約三時間後。ぐっすり寝た二人は清々しい目覚めを迎えた。 起き上がって伸びをするにイングラムが尋ねた。ただし彼の視線はシーツの方に落とされている。 「ところで、お前の仕事はいいのか?」 普通なら今頃士官学校で教え子たちに体術などを教えているはずだ。 「ん? 私も一緒にお休み取ってきちゃったから平気」 伸びをし終わってそう返すと、イングラムはを抱き寄せた。 「ならば問題ないか・・・」 ほんのり染まった彼女の耳に唇を寄せて囁くと、彼女の右手に自身の手を伸ばした。 「へ?」 カシャン 聞こえた金属音にそちらに目をやれば・・・。 「あの・・・イングラム。これは何?」 「これ、とはどれだ?」 最初のやり取りを真似て彼は言う。一つ決定的に違うのは言っている人間が逆なことだ。 彼女の右手を拘束する手錠の端を自分がされたようにベッドの足にかけてイングラムは笑みを浮かべた。 普段あまり目にしない表情に一瞬目を奪われて見惚れたがはっと我に返る。 「って、そうじゃなくて!!」 つなぎ目をガシャガシャいわせても決して外れないことは持ち主である彼女が一番よくわかっている。 「そうだ、鍵・・・」 視線をシーツの上に滑らせる彼女の眼前に小さな鍵が忽然と現れる。 顔を上げるとイングラムのすらりとした指の間で手錠の鍵が揺れていた。 「鍵とはこれのことか?」 「・・・」 その瞬間、は自分が置かれた状況を理解した。 一気に青ざめる彼女の頬を優しく撫でて彼は言う。 「愛しいからこそ、誰の目にも触れない場所に閉じ込める」 「・・・イングラム?」 「オレにも、理解できる感情だ」 思わず見惚れる笑みが口元を彩る。 大きな体躯がゆっくり覆いかぶさっていくのをはぼんやり見上げる。 大好きな彼の大きな手が触れている感覚を受け止めながら、彼女は深く息を吐く。執着心が薄そうな彼の意外な一面が見れたのはちょっと嬉しかった。 その代価がかなり高くつくとわかっていても―――彼の中に湧き出した感情がわかるから。 「イングラム」 小鳥がさえずるように囁いてその背に自由な左腕を回す。 抱きしめて抱きしめられて、お互いの視線が絡み合う。 相手の瞳に映るのが自分だけだということに、言葉に言い表せないほどの幸せを感じた。 Fin. 言い訳じみた独り言 以上、神無月計都さまのリクエストでイングラム夢(ほのぼの)でした。 ・・・大変お待たせしました。こんなでよろしいでしょうか? 久々の少佐夢なんでキャラが変わってないといいです。 ほのぼのというリクだったんですがほのぼのに見えますか? タイトルはアレなんですが、内容はほのぼのかと・・・(弱気) とにもかくにも、これからもIDLをよろしくお願いしますっ(叩頭) |