Aria Di Mezzo Carattere




「私に、ですか?」
 視線の先には二枚のチケット。
「はい。来週末なんですが、急に仕事が入ってしまって・・・」
 折角彼女と行こうと思っていたのに、と肩を落とすのは彼の部下。


 それは執務の合間にできたちょっとした空き時間でのこと。それぞれがつかの間の休息を取っている中、不意に部下の一人がカイにそれを持ってきた。
「カイ様は来週末はお休みでしたよね?」
「ええ・・・確かにそうですが」
 本人は別に必要ないと再三言っているのだが、周囲から『それでは他の者が休暇を取りにくくなるので』と半ば強引に押し付けられている。それでも一応他の職員に比べ半分くらいしか承諾していないのはカイらしいと言うか何と言うか。
 とにかく、そんなわけで来週末カイは休みで、かつこれといった予定もなかった。
 そこに彼の部下がオペラのチケットを持ってきた。
 しかも二枚。
 曰く、彼女と一緒に見に行こうと買ったはいいが公演日と出張日が重なってしまい行けなくなったとのこと。
「ただの紙切れにするよりも誰かが見に行った方がいいですから」
「でも私なんかが貰ってしまっても・・・」
「この通り二枚ありますから、どなたか誘ってみてはどうですか? それにいい気分転換にもなりますよ」
 どなたか、と言われて不意に浮かんだのはソルの顔だった。
(無理・・・でしょうね。おそらく)
 オペラを鑑賞するソルなんて想像するもおぞま・・・というか想像すらできないカイである。
 しかし普段あまり縁のないオペラ鑑賞は魅力的だった。どうせ暇をもてあます休日をそんな風に過ごすのも悪くない。
「ではありがたく使わせていただきますね」
 笑顔でチケットを受け取りカイは引き出しから財布を取り出した。
「ええと、おいくらだったんですか?」
「そんな! どうせ紙くずになるはずだったものですからお金はいただけませんよ!!」
 恐縮して両手を顔の前で忙しなく振る部下にカイは困ったような表情を浮かべる。確かに彼の言うとおりだろうがそれでは譲ってもらった自分が納得できない。
「ではお金の代わりに何か・・・」
 すると部下は頬を若干赤く染めて小声で言った。
「それなら・・・あの、この後の職務時間を少し減らしていただけませんか?」
 いくら鈍いカイでもそれで空いた時間に何をするのか察し、ちょうどいいと笑顔で答えた。
「いいですよ。今日の分が終われば一時間早く帰ってかまいません」
「あ、ありがとうございます!!」
 飛び上がらんばかりに喜んだ彼は自分の席に戻り仕事を再開すると恐ろしいほどの速さでこなし始めた。
 張り切る部下の姿を苦笑混じりに見ていたカイはその視線を手元に戻す。

Aria Di Mezzo Carattere

(どんな話なんでしょうね)
 開演時間はお昼過ぎだからそれまでに掃除と洗濯を終わらせて・・・。
 頭の中で朝からの予定を組み立てながらカイはこっそり笑みを零した。
 思いがけず楽しい休日になるかもしれない。

 だが淡い期待が無残にも打ち砕かれるような事実に彼が気付いたのは、その日の夜に家で一人くつろいでいた時。


「・・・あ」
 それは今はここにいない人物のこと。
 途端浮かれていた気分が一気にしぼむ。
「ソルが来る保障は、ないんですよね」
 今まで頭の中でしていたシミュレーションは“ソルが一緒に行ってくれる”ことが大前提となる。
 というか彼以外に一緒に行きたい人物が思いつかなかった。
 不意にカイの脳裏にかつて交わしたソルとの会話が甦る。
 以前同じような経緯でクラシックコンサートのチケットを二枚手に入れて、ちょうど家に来ていたソルに一緒に行かないかと誘ったところ、
「どうせ途中で寝ちまって聞きゃしねぇよ」
 と即却下されたのだ。あの時はカイも一人で行く気になれず、結局最後は別の同僚に譲ってしまった。
 今回もまた同じように返されるのがおちだろう。そこまで考えてカイは肩を落としてため息をついた。
 思えば二人でどこかに出かけた記憶はない。あってもそれはソルか自分の仕事がらみで色気も何もなかった。別にデートをしたいなどと言うわけではないが、たまには二人で出かけたいと思っても罰は当たらないだろう。
 だがそれにはソル本人がいなければ始まらず、ここ数ヶ月彼は音信不通。そして来週末までに来る保障などあるわけもない。
「かと言ってまた誰かに譲るのもなぁ」 
 ソファーに身を深く沈めて思案に暮れる。
 湯気を立てていた紅茶がすっかり冷めてしまうまで考えて、しかし結論は出ずそのままずるずる先延ばしにして。
 加えてそれから立て続けにやっかいな事件が多発したおかげで結論の出ないまま公演前日の夜。予想通りソルは来ない。
「はぁ・・・一人で行くしかないですか」
 あまり気は進まないがこのまま紙切れにしてしまってはせっかく譲ってくれた部下に悪い。
 久々の休日だというのに今から気分が重いのは気のせい・・・だと思いたい。
 テーブルの上には二枚のチケット。この一週間吐き続けたため息を再びついて、カイは静かに目を伏せた。


* * *


 気落ちしているはずなのにそれでも朝は同じ時間に普通に目が覚めて、朝食の昼食も小鳥の餌ほどしか喉を通らず、家事も半分ほど済ませてそれ以上する気力も起きず、午前中のほとんどは何をするでもなくソファーの上でクッションを抱えてぼんやりしていた。
 そしてお昼過ぎ。チケットの片方をテーブルの上に残しカイは劇場に足を運んだ。適当に選んだ白の上着に薄茶のスラックスは彼によく似合っていたが、当の本人の表情は相変わらず曇ったままで、席についても舞台の幕が上がってもどこか上の空だった。


 開演時間まで少し時間があったのでカイはチケットと引き換えに渡されたパンフレットに目を通す。
 冊子には役者やスタッフの名前と劇の大まかなあらすじがインタビューを交えて簡潔にまとめられていた。


 昔、とある国の騎士と貴族の娘が恋に落ちた

 二人は将来を誓い合うがその直後に戦争が始まり騎士は戦場に赴くことになる

 愛する男が無事に凱旋することを祈る娘だったが国は戦争に負けてしまい隣国に占領される

 そして彼女に隣国の宰相との縁談が持ち上がった


 あらすじを読み終えたところで開演のブザーが鳴る。照明が落とされ静かに幕が上がった。
 隣の空席に一瞬視線を向け、しかしすぐに舞台に戻す。
「・・・・・・」
 会場内が静まり返る中、指揮者のタクトが大きく振り上げられた。


 戦場の一角で騎士がふと空を仰ぐ

 どこか遠くを見る瞳でその名を呟く


          おぉ マリア  おぉ マリア

          私の声が聞こえるか?  お前の元へ...


 しかし遠くでときの声が上がり、騎士は馬にまたがると鞘から剣を抜くと駆け出した


 重なる剣戟の音、馬のいななき、負傷者の呻き声。
 カイの脳裏に再生される聖戦の記憶。視界を埋め尽くす真紅。耳を覆わんばかりの咆哮、悲鳴、轟音。
 いつ終わるとも知れぬ死闘。生きて戻れる保証のない戦場で髪までしたたるほどぐっしょりGEARの血と体液で染め上げて戦った。
「・・・・・・」
 軽く頭を振って意識を埋め尽くそうとする記憶を振り払う。
 今日は休暇。身も心も休める日。それに戦いはもう終わったのだ。今更囚われることなどない。
 その間に場面は変わっていた。


 一方こちらは本国で恋人の帰りを待つ娘、マリア

 戦地に赴いた騎士は誰一人として帰ってこなかった

 恋人は生きていると信じ続ける彼女だったが縁談はその意志を無視して進められている

 相手は戦争に勝利した隣国の宰相  彼女に選択肢はない

 “必ず生きて帰ってくる”

 約束を違える人じゃないけれど、でも―――

 月光の降り注ぐバルコニーでマリアは彼の地の恋人を想うのだった


          愛しい貴方は遠いところへ?

          色褪せぬ永久の愛  誓ったばかりに

          悲しい時にも  辛い時にも

          空に降るあの星を貴方と思い


 月を仰ぎ見る彼女の瞳に涙が浮かぶ


          望まぬ契りを交わすのですか?

          どうすれば  ねえ貴方

          言葉を待つ...


 と、いつの間にか彼女の傍らには恋人が微笑みながら立っていた

 驚きに目を見開くマリアに彼はそっと手を差し出す

 ふわりと引き寄せられ、月明かりの元で二人だけの小さなダンスパーティが始まる

 くるくるとターンを繰り返す度、彼女のスカートの裾が花びらの如く舞う

 伴奏のないダンスが終わると彼はマリアの額に軽く触れるだけの口付けを落とした

 そして身を離した男の姿は月が雲に隠れた一瞬の間に闇の中に溶けてしまう

 雲の間から再び月が顔を出すと騎士の立っていた場所には代わりに簡素な花束が置かれていた

 花束をきゅっと抱きしめてマリアは一粒涙を零した


          ありがとう 私の愛する人よ

          一度でもこの想い 揺れた私に

          静かに 優しく 応えてくれて

          いつまでも いつまでも 貴方を待つ...


 マリアの想いを乗せて花びらが宙を舞う

 ひらひら際限なく・・・


 気付くとカイの瞳にも涙が浮かんでいた。
 今は隣にいない相手を待つ自分とマリアの境遇を知らず重ねていた。
 恋人だとは言えないけれど、相手から見れば単にちょうどいい旅の拠点の一つであるだけかもしれないけれど・・・。
(自惚れては、駄目ですか?)
 言葉は何一つくれないけれど、少なくとも居心地がいいから訪ねて来るのだと。
「ソル・・・」
 思わず零れた呟きは今にも泣きそうなほど弱々しいものだった。


 結局無理やりに婚約は決まり、マリアと宰相の婚約披露パーティが始まる

 浮かない表情のマリアとは対称的に宰相はすこぶる機嫌がよく周囲に自分の花嫁を見せびらかしている

 ところがパーティもそろそろお開きという時になって会場に馬に乗った騎士の一団が駆け込んできた

 それは帰ってこなかったこの国の騎士たち

 その中に愛する恋人の姿を見つけたマリアは彼の元に駆け寄る

 しかし二人の指先が触れ合う前にマリアは宰相に引き戻されてしまう

 睨む合う二人

 どちらからともなく剣が抜かれ二人は叫んだ


          決闘だ!!


 オペラにしては本格的な剣さばきに観客の誰もが見入る中、一人カイだけは目を伏せてその音だけを聞いていた。
 決闘は騎士の勝利に終わり、同時に会場に招かれていた隣国の要人も捕らえられたことで国は占領下を脱する。
 お互いを抱きしめ再会を喜び合う騎士と娘。降り注ぐ紙吹雪の中音楽は最高潮を迎え、割れんばかりの拍手の中幕が下りる。興奮の名残を惜しむ静かな曲に乗せてエピローグが語られ、カーテンコールには再び惜しみない拍手が送られた。
 照明がつき客が席を立つ。幸せそうな表情を浮かべ出口に向かって歩いていく人の波。それがややまばらになった頃、ようやくカイも腰を上げた。
「・・・帰りましょう」
 まだ劇の興奮の余韻に浸る客の合間を縫って歩いていくと、しとしと雨音が聞こえてきた。
 見れば薄暗くなった夕暮れのパリを雨が濡らしていた。

 まるで泣けない誰かの代わりのように。

「そういえば夕飯の材料、あったかな?」
 わざと明るく独り言を呟いてカイは顎に手を当てた。
「あいにく傘も持ってこなかったし・・・どうしたものか」
 劇場の入り口で曇った空を見上げて呟く。
 言いながらも内心はこのまま濡れて帰ってもいいと思っていた。
 濡れてしまえば溢れてしまった涙も雨が隠して流してくれるから。
 と、そんな彼に不意に脇から傘が差し出された。何気なくそちらを見たカイの瞳が驚きに見開かれる。
「よお。なに濡れ鼠やってんだ、坊や」
「・・・ソル?」
 どうしてここに? という問いが発せられる前にカイの目の前に一枚の紙が出された。
「飯たかろうと行ってみりゃ坊やはいなくて、代わりにテーブルの上にこれが置いてあった」
 それは先程のオペラのチケット。それでは書かれていた劇場名を見て彼はわざわざ迎えに来たというのか。
 目をぱちくりさせるカイはまだ状況が飲み込めていないらしく呆然としている。
「おら、呆けてないで帰るぞ」
 少々強引に引き寄せられて我に返る。
「え?」
「途中で材料買ってくんだろ? 荷物持ちくらいならしてやるから晩飯食わせろ」
 元々一人用で大人の男二人が入るにはいささか小さい傘。はみ出て濡れてしまった腕はひんやり冷たかったけれど、それよりも狭い傘の中で密着する服越しの体温とさりげなく肩を抱いてくれたソルの手が思いのほか暖かくて。
(私の家に“行く”のでもなく“戻る”のでもなく“帰る”と言ってくれたその一言が何よりも嬉しい・・・)
「なにニヤついてんだ。気味悪ぃ」
「夕食、何がいいですか?」
 そんな他愛のない言葉を交わしながら二人、通りを行く。
 きもちソルに寄り掛かりながらカイが呟いた。
「帰りましょう」
「あ? その前に買い物な」
 微笑むカイの瞳に涙はもうなかった。




Fin.




    言い訳じみた独り言

       以上、燈露さまの8800Hitリクで癒し系ソルカイでした。
       これで果たして“癒し系”なのか疑問。
       書きながら元ネタ4曲をエンドレスでかけてました。
      最後に聞いたのが思い出せないくらい昔のことなのに曲を聞くと意外と細かく思い出せるものですね。
       なお、一部記憶があやふや(・・・)なので描写等かなり脚色しました。
      ラストは・・・だってゲーム中じゃ結局あやふやになってたしねぇ、というわけで(逃げ腰)

       燈露、こんなだけど癒されたかな? また遊びに来てねvv
      そしてタイトル見ただけでいったい何人が元ネタわかっただろう?(笑)