孤高の青き獣をこの手に


 どうしてここにいるのか?

 そもそもどうしてここに入っていったのか?

 そして・・・自分は何をしているのか?


 薄暗い部屋の中で彼は小さく呟いた。
「・・・なぜ」
 もう何時間ここでこうしているのか。時間感覚など当の昔になくなった。
 体を動かそうとするたびにガチャガチャと金属質な音を立てるそれ。自分の自由を奪う銀の手錠。
 それは豪華なベッドの飾りの一つに引っ掛けられていて、万歳する格好で何時間も前からずっとこのまま。
 部屋を出て行く時、屈辱に歪みつつもぎっと睨みつけた彼の視線を受け止めた男は薄く笑みを浮かべていた。
「いつまで持つかな?」
 奴はまだ戻ってこない。
 始めはどうにか外そうともがいてみたが一時間ほどねばってやめた。奴が戻ってきた時に抵抗できるくらいの体力は残しておいたほうがいい。


* * *


 そもそもの始まりは彼が今までの経過を報告しに相手の部屋を訪れた時のこと。
「・・・以上だ」
「ご苦労」
 そう一言言って相手はまじまじと彼を見た。
「何だ?」
「戦場に身を置くと人は輝きを増すというが・・・あながち間違いとは言えないな」
 伸ばされた手が彼の頬に触れた。
 形をなぞるように指先が頬を這う。背筋を駆け抜けた電撃に似た感覚に彼は肩を跳ね上げ一歩後ろに下がった。
「いい反応だ・・・感じたのか?」
「馬鹿なことを言うな。用件は以上だ。オレは失礼する」
 内心の動揺を必死に隠してきびすを返す。
 今思えば隠すことに躍起になっていて背後への注意が散漫になっていたのだろう。そして一分一秒長くここにいたくないという思いによって、相手に背を向けるなどという不用意な行為をしたことを後に彼は激しく後悔する。
「急ぐ必要もなかろう・・・時間はたっぷりあるのだからな。くくくっ」
 気付いたときにはもう遅い。片手を後ろ手にねじり上げられて、声を上げる間もなく口に布を押し付けられた。
 突然のことで思わず息を吸ってしまい、甘ったるい香りが胸に充満して・・・。
 そこで意識は綺麗に途切れた。
 次に気がついたとき、彼は奥の部屋のベッドの上に拘束されていて傍らには奴。
「なかなかいい格好だな」
「何を、考えている!」
 両の手を戒める銀の輪をガチャガチャさせて彼は叫んだ。
「今すぐにこれを外せ!!」
「この私に歯向かうというのか・・・まぁ、そう簡単に意のままになってはつまらないが」
 薄く笑って頬に触れようとすると、その手に彼は噛み付こうとした。
「気の強い猫だ」
「誰が猫だ」
「その瞳、その視線。普段は順応に従うくせに気を許すとすぐに牙をむく。何物にも支配されない者を陥落させるほどやり甲斐のあるものはない」
「他のを当たれ。オレはそんな戯言に付き合うほど暇ではない」
 だからこれを外せと繰り返すが、相手は全く意に介さない。
「しばらくそうしていろ。後でたっぷり可愛がってやろう」
「謹んで辞退させてもらう」
「お前に拒否権など最初から存在しないことがまだわからないのか?」
 そして奴は部屋を出て行った。
「くっ」
 吐き捨てるような呟きが一つ、静まり返った部屋の隅の闇の中に吸い込まれていった。


* * *


 掲げた腕が痺れて肩が悲鳴を上げ始めた頃、奴が戻ってきた。
「おとなしくしていたようだな」
「いつまでこうしておくつもりだ?」
 動かない体の代わりに睨みつけることで抵抗する。絶対に屈しないという意志の強い瞳。
「いい加減にしろ、ユーゼス」
「言ったはずだが? お前に拒否権など始めからないのだと。イングラム」
 二人はしばらく無言で視線を絡めあった。
「・・・」
「・・・」
 一見して圧倒的に不利なイングラムがまるでユーゼスと対等かそれ以上だといわんばかりの態度。
 しかしいっそ相手の全身を愛撫するかのように見るユーゼスの視線に、背を冷たいものが滑り落ちていくのに必死に耐えているなどと誰が思うだろう。
 気丈に睨み返していたイングラムだったが、次のユーゼスの言葉に表情を凍りつかせた。
「ほう、まだ私に牙をむくか。これは調教のし甲斐がある」
「なっ・・・」
 “調教”という単語にイングラムは表情を失った。
(今何と言った? ちょう、きょ・・・う?)
「く、くるなっ」
 いくらイングラムでも、いや普段のユーゼスをなまじよく知っているイングラムだからこそ言葉の効果はてき面だった。
 両手を戒められて自由にならない体を無理に動かして後ずさるが、ベッドに端に膝を乗せたユーゼスはもう目の前。その手はすでに彼の膝を掴んでいる。
「さぁ、私好みに調教してやろう。・・・なに、そう怯えることはない。痛みを感じるのは始めだけ。すぐにこの世のものとは思えない快楽でお前は・・・くくくっ」
 仮面を外して素顔をさらす。おそらくイングラムしか知らないその顔。自分に良く似た、しかし色の違う髪と瞳。
「ま、待て・・・」
 そんな制止の言葉を無視してイングラムにのしかかってきたユーゼスの瞳は、周囲を凍りつかせるような冷たい笑みを浮かべていた。


 誰も近づかない奥の奥に位置する部屋。
 耳を済ませると微かに聞こえてくる声と音。
「あぅ・・・う、んぅ・・・あ、あ・・・」
 艶かしい声がぎしっぎしっとスプリングの軋む音に連動して漏れている。


「はっ・・・そ、そこ・・・は。あぁ」
 すでに正常な思考を奪われたイングラムは与えられる刺激にただ身をよじって上ずった歓喜の声を上げるだけ。
「くくくっ、どうだ? 甘美だろう?」
 対称的にユーゼスはまだまだ余裕といった感じ。
「ふぐっ・・・いぅ、ああ・・・んんぅ」
 繰り返される声はまるでローレライの歌声。
 シーツの海で聞くものを魅了して止まない魔性の声音。
 この声を聞いて正気でいられる男などおそらくいまいとユーゼスは思う。
 だからこの気を聞いていいのは自分だけ。他の誰もこんなに淫らな彼を知らない。
 ささやかな優越感。
「だが・・・お前ばかり良くなっては不公平というもの」
 ユーゼスが動きを止める。カシャンッと手錠が外されて銀の輪がベッドを転がって床に落ちた。
 うつ伏せになってのしかかられているイングラムが顔を向けて非難の視線を送る。
「そんな・・・ちゅ、う・・・と半端で、やめ・・・な」
 始めに襲った激痛に叫びすぎてかすれたせいで非難というよりは懇願に近いものなってしまった声。
「そんな声で、私を誘っているのか?」
「ちがっ・・・・・・はや、く」
 しかしユーゼスはもう起き上がってそこをどけと威圧的にイングラムを見下ろしている。
「お前がしてみろ。私の言うとおりにすればいい」
 諦めて気だるげにイングラムが起き上がる。ユーゼスが入れ替わりにベッドに横になり、その上にイングラムが乗る。
「急ぐな。ゆっくり動かせ。そう・・・ゆっくりとな」
 イングラムが動くたびにベッドがぎしぎし音を立てる。
「うっ・・・う、うっ」
「なかなか筋がいい・・・はぁ」
 目を細めてユーゼスが深いため息を漏らす。
 対称的にイングラムは辛そうに眉を寄せて無心に体を動かしている。早く、早く! この苦痛から開放されて快楽だけを追いかけたい。
 一度快楽を知ってしまった体はもうそれしか考えられなくなってしまっていた。
「もうっ・・・いいだろう?」
 しばらくして力尽きたイングラムがユーゼスの上に倒れこんだ。
「これ以上、は・・・無理、だ」
「あぁ」
 ユーゼスに抱きかかえられて再びシーツの海に沈む。
 組み敷かれて快楽への期待にイングラムの体が小さく震えた。
「あぁう。んぅ・・・ああぁ、ん」
 ユーゼスが動き出すとすぐに艶かしい声が部屋を満たした。背をしならせて歓喜の声を上げるイングラムにユーゼスは笑みを浮かべる。
「いぃ・・・も、と」
 完全に快楽に飲み込まれた体が更なる快感を求めてうねる。
 更に笑みを深くしてユーゼスが動く。
「ああぁ・・・あ、あ、あぅ」
 聞いた者が残らず熱いため息を漏らしそうな罪作りな声がいつまでも部屋を甘く溶かし続けていた。
 声の主が本当に力尽きて気を失うまで延々と。


* * *


 誰かが自分の髪をすく感触に彼は目を覚ました。
 どうやらそのまま気を失ってしまったらしい。
「はぁ」
 漏れた声はかすれてガラガラだった。
「起きたか。どうだ? よかっただろう?」
「まぁまぁだ」
 かすれた声でぶっきらぼうに答えてイングラムは髪をすくユーゼスの手を払った。
「鬱陶しい」
「そんなに良かったのか? ん?」
 枕に顔を埋めて脱力しているイングラムの髪をひと房すくい上げて口付ける。
「お前には素質がある。更に仕込めば・・・楽しみだ。くくくっ」
「うぅ・・・」
 その間にイングラムは半ば夢の中の住人になりつつあった。気がついて顎を掴んだユーゼスが舌を絡めて深く口付ける。
「ふ・・・んぅ、ふはっ」
 酸欠と眠気で意識が半分以上飛んでいるイングラムはなされるがまま。
 手際よく服を脱がされて露になった胸元に冷たい手が触れて、びくりと体を震わせてやっとイングラムが自分の状態に気付いた。
「なっ」
「今更だと思うが?」
 皆まで言う前にユーゼスが言う。
「よもや、マッサージで終わりとは思っていたわけではあるまい?」
 そもそもそういうコトをする下準備のために施したのだ。
 お互いリラックスした状態で楽しんだほうがいい。
「続きをしようではないか」
 言って傍らに持ってきていた小瓶を取り上げる。
 一見して透明の液体。しかしユーゼスが持っているからには普通のものではないのは明らかだ。
「それ、は?」
「ふふふっ、お前が戻ってくる前にやっと完成したものだ」
 きゅっと音を立てて栓を開ける。
 ふわっと甘ったるい香りが漂ってきた。それを吸い込んだ途端に目眩と共に謎の脱力感に襲われたイングラムがベッドに倒れこむ。
 なのにもっと近くにいるはずのユーゼスはなんともない。
「なに・・・を、これは・・・?」
「バルマーに古くから伝わる愛の妙薬『Lieben Duft』」
 いわゆる媚薬の類なのだろう。徐々に体を蝕む甘い熱に知らずイングラムは熱いため息を漏らしていた。
 それに気を良くしたユーゼスは小瓶の中の液体を一滴指に垂らして、指先をこすり合わせて自身の熱を与えるとイングラムの胸元にその指を這わせた。
 二人の熱で気化した愛の妙薬が二人を包む。
「さぁ、たっぷり味あわせてやる。私の可愛いイングラム」

 快楽の夜はまだ始まったばかり。

Fin.




 言い訳じみた独り言

   ももrinさまのリクエストで騎爵×少佐の調教もの(薬物付き)でした。
  なんか久しぶりに鬼畜騎爵を書いた気がします。
  こっちの方がユーゼスっぽい気が・・・まぁあっちの所長殿は別空間の人なんですけど(乾笑)
  内容的にはギャグです。ありがちなネタですけど、ひっかかってもらえたのかちょっと不安。
   それと私の中の少佐のイメージがしなやかな猫科の動物なんで“猫”表記にしました。
   あとはBGMにエンドレスでかけてた曲が“COOL CAT”ってタイトルだったから・・・かも(汗)

   ももrinさま、こんなですがよろしいですか?


 追記:ももrinさまに素敵なイラストをいただきました!
    少佐の表情が鼻血もの・・・がふっ