貴方だけ


 何時間そうしていたのか。何度か惑星や流星群のわきを通り過ぎ、遠くにひときわ大きな惑星が見えてきた。
「あれは木星だ。あと数時間で地球に到着するが・・・」
 言ってイングラムはセンサーを見た。
「このまま行けば地球に被害が及ぶな」
「え?」
 漆黒の機体―――いつの間にやら完成させていたアストラナガン―――の後方から高速接近する機体。
「あれを持ち出して、ユーゼスは何をやっている」
 乗り手―――言うまでもなくラオデキヤだ―――の心境を反映してか全体的にとげとげしたフォルムの紫の機体。
ズフィルードだ。
「今すぐ動きを止めてを開放せよ!」
 通信回線を開いた途端聞こえてきたのは怒り全開の声。
「今すぐにだ。さもなければ反逆の罪に問う!」
「もう形振りかまってはいられない、ということか」
 イングラムは小さく呟いて再びセンサーに視線を向ける。
「ちょうどいいところに・・・」
 右手前方に不幸にもいたそれ。
 木星といえばお馴染み(?)の資源輸送船ジュピトリス。
「聞こえるか? シロッコ」
「その声はイングラム=プリスケンか。その機体は?」
 この不幸な通りすがりの自称木星人は凄まじく嫌な予感に眉間の皺をさらに深めながら尋ねた。
「それでこの私に何か用か?」
「何も言わず船の中に入れろ」
「なっ」
「それとも船の腹に穴のほうがいいか?」
 すでに脅しである。
 ジュピトリスはおとなしく漆黒の機体を内部に入れた。
「そこの船! おとなしく内部に入れよ」
 少し遅れて今度は紫の機体がジュピトリスにたどり着いた。
「今度は何だ?」
 嫌そうなシロッコの声。
 この時この場所にいたことはある意味彼の人生の中で最悪のタイミングと言えるだろう。
「拒むのであれば壁を破壊してもいいが?」
「・・・勝手にしろ」
 こうしてズフィルードもジュピトリスの内部に入っていった。


「どこだ、どこにいる!」
 機体を降りて声を張り上げるラオデキヤ。
!!」
「うるさいぞ」
 高く積まれたコンテナの陰からイングラムが姿を合わせた。
「くくくっ・・・これが第七艦隊の総司令殿とは誰も思うまい」
 今までの低姿勢はどこへやら不敵な笑みを浮かべつつイングラムはラオデキヤを見る。
「イングラム、裏切るか」
「彼女を元いた所に帰すだけだ」
 もちろんタダで帰すようなことはしないが。
 そして相手を見下したような表情のイングラムの腕の中にはの姿があった。
 何があったのか、何故か際どいデザインの黒ドレスで。
・・・」
「ラオデキヤ、様」
 恥ずかしそうに俯くその姿はモニターで様子をうかがっていたシロッコでさえ思わずよろめくほど可憐で美しかった。
「彼女を返してもらおう」
は貴様のものではあるまい?」
 挑戦的に絡み合う二つの視線。
 と、彼女が腕を突っぱねてイングラムから離れた。
?」
「私のことよ。私が・・・決めます」
 毅然と言って二人を交互に見た。
 場に流されるだけだった彼女の初めて見せた意志表示。
 否応なしに高まる場の緊張感。
「私は・・・」
 俯いたは意を決して顔を上げた。
「貴方と・・・いきたい」
 見つめられた相手が驚愕と喜びのない交ぜになった表情で彼女を見つめ返す。
「ラオデキヤ様」
 駆け寄って抱きついたの体をラオデキヤはぎゅっと抱きしめ返した。
「・・・ふっ」
 もはや二人だけの空間を形成してしまったそこに自分が介入も干渉することはかなわない。
 イングラムは自嘲的な笑みを浮かべてその場を後にした。
 ジュピトリスの壁に八つ当たりの大穴を開けて。


* * *


 そのまま二人はバルマー本国まで戻ってきてしまった。
 互いの想いが同じだとわかった途端二人の愛は風の送り込まれた炎のように激しく勢いよく燃え上がり、もう一分一秒も待てなかった。
 結婚しよう。二人の永遠の愛を今すぐ誓おう。
 ただ二人にとって誤算だったのは、がまだ例の黒ドレスを着たままだったことと婚儀の前に報告して祝福を受けようと霊帝のもとに向かってしまったということだった。
です」
「・・・美しい」
 一目でに心奪われた霊帝は祝福を与えるどころか、
、我の妻となれ」
「え?」
「なっ」
 驚きのあまり言葉の出ないを連れて行ってしまった。呆然とその場に立ち尽くすラオデキヤ。
 まさか・・・霊帝がを見初めるなど、誰も思ってもいなかった。


 見知らぬ土地。慣れない習慣。はすぐに体調を崩しふせってしまった。
「ラオデキヤ様・・・」
 食事も摂らず泣き暮らすは目に見えてやつれていった。
 折を見ては珍しい食べ物や綺麗な宝石などを手に霊帝は何度も彼女の元を訪れたが、彼女は相手の方を見ようともせず顔を両の手で覆ってずっと泣いていた。
「帰して・・・帰りたい」
 不安だけが胸の中で膨れ上がる。
 あの人とならどこへでも行けると思った。
 二人でなら、宇宙の果ての誰も行ったことのない場所でも生きていける。
 あの人がいない。
(会いたい)
 きっと私をさらいに来てくれると信じていたけれど、彼はいつになっても来てはくれなかった。


 何度も何度も根気良くに愛を囁き続けた霊帝だったが、それも何日も続くといい加減焦りと苛立ちが心を締め出してきた。
 今すぐ手に入れないと気がすまない。それならいっそのこと・・・。
「明日、結婚の儀を執り行う」
 霊帝はとうとうには何も告げず、一方的に式の日取りを決めてしまった。
 彼女がそれに気付いたのは式当日の朝のこと。
「うそ・・・」
 青ざめて何とか逃げ出そうと試みるも、朝から誰かしら彼女の傍らにいてそんなことは出来なかった。


* * *


 式は帝国全土を挙げて盛大に執り行われた。
 誰もが霊帝との結婚を心から喜び、本土は国民の祝福の声で埋め尽くされた。
 その中心で純白のウェディングドレスに包まれただけは一人表情を曇らせていた。付き添った女性の機転で顔の多くを覆うデザインのベールで周囲にはわからないが、頬には一筋涙のあとがある。
「・・・」
 膝の上に置かれた手が小刻みに震えている。
「うそ・・・よ。私は、信じない」
 自分に言い聞かせるように何度も呟く。
 しかしどんなに繰り返しても事実を覆すことなど出来ない。

 先ほどラオデキヤがやってきた。
 礼服に身を包んだ彼は二人の前で膝を折ると、
「我が主、霊帝様にとその奥方に永久の幸せと安らぎが訪れますように。心からお祈り申し上げます」
「うむ」
 霊帝は一言そう言っただけだった。
 そしては信じられないといた表情でラオデキヤを見た後、表情を歪ませて視線を逸らした。
 その瞳に光のものを見つけたそばに控えていた付き添いの女性がさりげなく霊帝に耳打ちする。
「花嫁は少々気分が優れない様子。青ざめたお顔を見せては民が不安がりましょう」
、大丈夫か?」
「・・・・・・」
 彼女は視線を逸らしたまま何も言わない。
「奥で休むか?」
「いいえ、それでは余計に民が不安がります。代わりに薄いベールを日よけに着けてはいかがですか?」
 そして現在に至る。


 このまま霊帝の妻になってしまうことよりもラオデキヤがそのことを甘んじて受け入れたことが何よりも彼女の心をえぐった。
(信じてたのに・・・ラオデキヤ様)
 だから彼が正装姿で目の前に現れたときには思わず涙ぐんでしまった。
 それを彼は微笑んで見つめた。
 なのに次に彼の口から出てきた言葉は・・・二人に対する祝福の言葉だった。
 一瞬自分の耳を疑った。一気に体温が下がった気がした。言葉の意味を理解して血の気が引いていく。
「・・・・・・」
 信じたくない。
 でもそれは覆すことの出来ない現実。
 だから彼女はぎゅっと自分の手を握り締める。体の震えはどうしても止められなかった。


 一方こちら、所変わって某部屋。
 式典を抜け出して自分の屋敷に戻ってきたラオデキヤは、自室に入った途端にソファーに倒れこんだ。
 そのまま顔をソファーの背に埋めて肩を小刻みに震わす。
 しばらくして薄く開いた口から漏れ出したのは押し殺した笑い声。
「これでいい・・・これで。彼女が幸せならそれ以上は望まぬ」
 始めは式典の最中にをさらってしまおうと思っていた。
 しかし式典会場の中央、民に祝福される二人の姿を見て決心が揺らいだ。
 心持ち顔色が悪いはそれでも十分綺麗だった。
 着飾って、多くの民衆に祝福されて。きっとこれから彼女は何不自由なく生きていける。
 ・・・自分と一緒にいるよりも。
(・・・・・・)
 もし今自分が彼女をさらったら、二人とも帝国に逆らったとして反逆の罪に問われるだろう。
 言うまでもなく自分の士帥の地位は剥奪される。ラオデキヤという何の地位もない一人の男が果たしてを幸せに出来るのだろうか。
「このまま・・・」
 呟きが漏れた。
 このまま霊帝の妻としていた方が彼女のため。彼女が幸せなら・・・自分は身を引こう。
 でもせめて、最後に・・・彼女に会いたかった。
 もう間近では見ることもない愛しい女性の一番綺麗な姿を瞳に焼き付けておこう。そう思って。
「・・・・・・あ」
 自分の姿を見とめたは一瞬目を見張って目を細めた。
 変わらない仕草に笑みが漏れたが、表情を引き締めて二人の前で膝を折る。
「我が主、霊帝様にとその奥方に永久の幸せと安らぎが訪れますように。心からお祈り申し上げます」
 半分は心にもない言葉、そしてもう半分は心からの言葉。
 彼女が悲しげに視線を逸らす。
 頭の中ではわかっていた反応。・・・わかっていたが胸の痛みを抑えることは出来なかった。
「それでは、失礼します」
 一礼して逃げるようにその場を去り、気がつくと自分の屋敷に戻ってきていた。
「ふふふっ・・・」
 漏れる笑い声は滑稽な自身に対する自嘲的なものか。
 遠くで花火の上がる音がする。
 人と声とで満たされた外と対称的にその部屋だけは静かで酷く悲しげだった。



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