Lieben Duft


 コンコン、とドアをノックする。
「誰だ?」
 ユーゼスの声だ。
「ユーゼス研究員はいるか?」
 言ってイングラムは扉を開けた。
「何の用だ?」
 背を向けたまま振り向くことなくユーゼスは尋ねる。
「いん石怪獣Dの資料を受け取りに来た」
 すると振り返ってユーゼスが言う。
「あれか。…ところでイングラム。新しい環境には慣れたかね?」
「……関係ない話をしている時間はない」
(ユーゼス。今度は何を企んでいる?)

別に特別ユーゼスが嫌いというわけではない。
共感するところもある。
 例えば…ユーゼスも自然が好きだということとか。
 片方の手で事足りるユーゼスとの会話の中で一度だけその話題が上った時があった。
 その時彼は驚くほど嬉々とした表情で地球の自然は素晴らしいと手放しに褒めていた。
 この奇跡のような自然を破壊する人間は愚かだ。とも言っていた。
「だから私は早く大気浄化弾を完成させて地球環境を再生させたいのだよ」
 こんなに自分の夢を熱く語るユーゼスは見たことがなかった。
 イングラム自身も自然が好きで時間があると公園や近くの森に足を運ぶ。ユーゼスに共感する部分も多くある。ただ、この時代の人間で唯一自分の正体に気づいている彼だけに何よりも先に警戒してしまう。
 同じ時代の人間だったらきっと誰よりも分かり合えたかもしれない。
 −−−例え今のように記憶を失っていても。
(だが今は…)


 眼差しを鋭くして警戒すると、ふっとユーゼスは笑って、
「ギャバン…烈は元気か?」
 と聞いてきた。
「あ……あぁ」
 急に話題を変えられてあいまいな返事を返し、ふと烈の熱血ぶりを思い出して小さく苦笑して答えた。
「多分あそこで一番元気だ」
 するとどうしたのかユーゼスが少し黙った後、
「…元気そうだな」
 ほんの少し苦笑して言った。
「お前もな…」
 イングラムもつられて微笑む。
「……」
 するとユーゼスが目を見張って固まった。
「ユーゼス?」
 黙り込んでしまったユーゼスを不審に思ってイングラムが言った。
「調子でも悪いのか?」
 顔を寄せて顔色をうかがう。
 別にこれといって悪そうではない。
(体調が悪いのではないな)
 人が全て自分のように体力があるわけではないのはわかっている。
 特に頭脳が売りの科学者や研究員の類いに体育会系のものはまずいない…と思う。
 それにユーゼスも見かけはそんなに体力があるとは思えない。
 だから少し心配になった。
 それなのにユーゼスは後ずさり視線を反らす。
 首を傾げると、
「し、資料はそこの棚の上段にある」
 と言ってわきの棚を指差す。イングラムは言われるままにユーゼスから離れ棚の方を向く。
「これか?」
 確認して無造作に積まれた紙の束に手を伸ばす。
 棚はかなり高くイングラムでも本当に手を伸ばさないと上まで届かない。
「あ…」
 その時。
 ぐらり、と棚が大きく揺れた。
 かなりの大きさのそれがこちらに向かって倒れてくる。
(何!?)
 イングラムは予想もしていなかったことにらしくもなく慌てた。
 そうだろう。まさか実験室の棚の立て付けが悪くて、ちょっと触れただけで突然倒れてくるなど誰が思うだろうか。
「ぐっ…」
 とっさに二人で必死に体重をかけて何とかバランスを取り戻す。
 ゆらゆらと危なっかしく揺れていた棚が安定したのを確認して、二人で同時に深いため息。
「・・・ふぅ」
 そして二人で同じように、思わず棚に手をついた。
 それがいけなかったらしい。

がくんっ

「っ!!?」
 急いで手を離したから棚が倒れることはなかったが、棚の上段に置かれていた瓶の一つが大きくバランスを崩した。
 しかし二人はまだ気づいていない。

かたんっ

「ん?」
 イングラムが物音に気づいた。
「何か音がしなかったか?」
「何?」

かたんっ

 再び小さな物音。
「…?」
 二人で辺りを見回す。
 と、ユーゼスが棚の上で危なっかしく揺れる瓶に気づいた。
「! 危ないっ」
 ユーゼスの声にイングラムがはっと棚を見る。
 その瓶はよほど重力に好かれていたらしい。イングラムが顔を上げたのとほぼ同じにそれが二人の上に落下してきた。

ぴしゃん

「…うくっ」
 液体の冷たさに呻き声がもれた。



 さて、ここで質問。
 棚から落ちてきた薬品入りの小瓶。中身を被っちゃったのはどっちだと思う?


ユーゼス

or

イングラム



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